東京高等裁判所 昭和59年(う)474号 判決 1984年10月08日
本籍
東京都港区虎ノ門一丁目二一番地
住居
同 都目黒区自由が丘三丁目四番三号
会社役員
大鷲清人
昭和一四年三月一二日生
右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和五九年一月二六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官佐藤勲平出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人降旗巻雄及び同小川喜久夫名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官鈴木薫名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
各所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
そこで、原審記録を調査し当審における事実取調の結果を併せ検討すると、本件は被告人がそれぞれ代表取締役になっていた福神商事株式会社の二事業年度及び株式会社福神の一事業年度の法人税について、各虚偽過少の確定申告をなし、右二社の法人税合計二億六九二五万五二〇〇円を逋脱し、また、被告人個人の所得税についても同様手段により一年分一一一〇万八三〇〇円を逋脱したという事案であるところ、本件犯行の態様及び犯情については、おおむね原判決が(量刑の理由)において説示するとおりであると認められる。更に若干敷衍すると、本件は巨額脱税事犯のうちでも、次の点に著しい特色が見られる。すなわち、被告人は逋脱額の主要部分を占める不動産売買による所得の秘匿手段において、売上除外については売買価格に隔差のある表契約と裏契約の書類を相手方と通謀して作成し、仕入価格の水増計上については仕入先との間にいわゆるダミーの業者を介在させ、中間取引業者から高価格で仕入れたような虚偽の契約書・領収書等をダミーとなった者と通謀して作成し、これに謝礼金を与えて当該虚偽取引に対応する所得の申告(それも実際に課税されないよう特に赤字経営の会社を選んでダミーに仕立てていた)をするように依頼して不正工作の発覚防止をはかり、架空支払手数料の計上については自己の知人等(前同様に赤字会社の所有者が多い)に種々の名目を付した架空手数料等の領収証を作成させ、これにも謝礼金を与えてその名目所得の申告方を依頼して偽装の発覚防止をはかるなど、多数の部外者を巻き込んで甚だ手のこんだ偽装工作を念入りに行なっていたほか、確定申告に関しても、被告人は担当の会計事務所職員に対し金員を与えて懐柔工作を行ない、申告内容に介入しにくいようにさせていたものであって、所得秘匿の不正工作としては他に類を見ないほど、多方面にわたる積極的不正手段を、相当多額の費用をかけてまで綿密に行なっていたことが認められ、これらは本件の特色として注目されるところである。
所論は、被告人が税務指導を受けていた会計事務所の指導責任を云々するが、右のように被告人から懐柔工作を受けていたのでは、会計事務所の担当者としても被告人に逆らって申告内容につき再考を求めることは困難であったと思われ、また、実際にも再考を求めたが被告人はこれを聞き入れなかったことが認められるから、被告人の脱税意思の強固さが税務指導担当者の干渉を排除して本件巨額脱税の原動力となっていたことは明らかであって、右所論は失当といわなければならない。
また、右のように多数の部外者に脱税に協力するよう相当多額の金員を投じてまで工作していた結果、右協力者らは本件の査察開始後国税当局の事情聴取に対し被告人の偽装工作に応じた虚偽の供述を行ない、被告人もこれに乗じて検察官に逮捕されるまで虚偽の供述を続けていたのであってこのことは、被告人の不正工作の程度の高さを示すものである。
更に本件脱税の動機についても、原判決説示のように被告人は個人で不動産取引を行なっていた時代からその事業所得につき申告したことがなく、納税意識が稀薄であったが、右事業が法人化された後もその態度を改めず、不動産売買による所得の税負担率が重過ぎる等の理由で本件のような巨額の脱税をあえて行なっていたのである。そうすると、被告人が底地売買で利益をあげるにはそれなりの苦心と努力を要したとしても、本件脱税についてはなんら酌量すべき点は認められないといわざるを得ない。
以上の諸点を考慮するときは、被告人の納税意欲の稀薄さと脱税手段の悪質さは甚だ顕著であって、国の財政基盤である税収入を危うくし、国民の租税均衡負担の利益を侵害した程度も大きく、被告人の刑事責任は甚だ重いといわなければならない。
そうすると、被告人が検察官による逮捕後は自己の非を悟り脱税工作等についてすべて自供し、税務当局の更正決定を結局は争わずその決定税額につき納付に努力していて、反省の情を示していること等、所論指摘の被告人のために酌むべき諸事情を十分斟酌しても、本件は刑の執行猶予を相当とする事案とは認め難く、被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇万円に処した原判決の量刑が、重過ぎて不当であるとはいえないから論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 小田健司)
○ 控訴趣意書
被告人 大鷲清人
右被告人に対する法人税法・所得税法各違反被告事件につき、弁護人の控訴の趣意き左記のとおりである。
昭和五九年四月二七日
右弁護人 降籏巻雄
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決は、量刑の理由として
(一) 正規の法人税・所得税に対するほ脱の割合が(株)福神の欠損申告に伴う一〇〇%を含み、これに福神商事(株)の両法人を通算して九九・六九%、個人については九六・〇六%にも上る高率であること
(二) 法人税・所得税の合計ほ脱額が巨額であること
(三) 脱税の態様が大胆かつ巧妙であり、被告人は右脱税工作をすすめる上で積極的かつ中心的役割を果していること
等を理由とし、これに審理に顕れた斟酌すべき一切の事情を最大限に考慮しても、なお懲役刑の実刑と罰金刑とを併科することはやむを得ないところである、として被告人に対し懲役二年六月の実刑を科しているが、右判決は異例にしてかつ不当に重く、よって以下に述べる諸事情を斟酌の上、原判決を破棄しなお相当の判決を求めるものである。
一 税納付について
(一) 原判決判示のように、被告人は第一回の公判期日当初より、公訴事実のすべてを肯認し、本件起訴に係る年度分はもとより、それらを含む更正決定に計上された両法人並びに被告人個人のそれぞれ納付すべき本税分合計四億八七八六万円余を納付し、併せて重加算税・関連の地方税等の納付についても具体的目途を立て関係庁の了解を得ている。
また右未納分に対すする支払確保として、国税庁等のため両法人所有の不動産について保全手続が執られている。
(二) 脱税が発覚した場合、課せられるべき税額を納入しさえすればよい、として済まされてよいものでないことはいうまでもない。
しかしながら、右のようなほ脱に係る本税に併せてなお行政上の制裁として多額な重加算税をも納付し、また更には本件判決による刑事罰としての罰金が科せられることにより、国家の持つ一税権の一端は修復されることゝもなり、よって前述した納税実績の存否は、刑の量定上極めて重要な要素を持つものと思料する。
(三) 被告人が本件起訴事実を肯認したことは、取りも直さずほ脱税額の導き出された真実の事実に反する作為的脱税工作の事実をすべて卒直に認めたことゝなるのであって、このことは被告人にとって極めて大きな意味を持っていることゝなる。
すなわち、それまで「結構金がもうかりましたがプローカー連中でまともに申告している者はおらず、税金なんか払わないのが当り前」、とか、「それで私は税金を払うということはバカバカしいもので見つからなければよいのだという気持になってしまった」などゝいう長い間抱いていた税に対する誤った認識が払拭され、同時に過去における罪業の数々を深く悔いていることを意味するものである。
(四) しかしながら、いかに自らの罪過を深く反省するというも、それを裏付けるに足る実績を現実に伴うものでなげれば現実的な説得力を持つものではない。前述のように被告人は、反省・改悛の証として可能な限りの努力と方法によっていわば被害弁償といえるほ脱税額を現に納入している外なお原審法廷において「二度とこのような脱税・脱法行為を絶対いたしません、誓います。未納付の税金は必ず支払うよう努力します。必ず払います」と供述しているのである。
(五) 現在被告人に課せられている重大な使命は、未納税額分を早急に納付することであり、併せて経理の早期改善を期することであるが、当審においては、なお以上税納付の実績につき更に格段の斟酌を賜るよう切望するものである。
二 動機・手段と背景事情について
(一) 福神商事(株)並びに(株)福神が、一事業年度において多額の収益を挙げ得たのは、記録によっても明らかなように、主として借地権の制限を受けているいわゆる底地権の売買取引によるものである。
すなわち、終戦後の混乱期に止むなく所有土地を他に貸出したものゝ、その後土地返還、地代の値上げ、底地売渡し等の交渉に苦慮している地主より、更地価格の一割前後で買受け、これをその借地地人に三割前後で売度し、それによる差額を利得するというもので、対象とする不動産が部内にあって、更地地価が高価なものとなっているところから、従ってその差額も多額なものとなる。
(二) 底地取引の実態として、土地の買取りとこれの処分とは、法律的には当事者の異なる二つの売買契約が相前後して介在するものゝ、現実には地主と借地人との間で直接に取交したとする契約書にしたり、あるいは中間省略の登記手続を経由したりすることがあるため、関係書類や公簿上からは底地売買の実態を捕捉することが困難とされる場合がある。従ってまた、地主からの買い値と惜地人に対する売り値との差をいかに調整するかの問題が常に存在していることゝなる。しかも一面ではそれぞれの当事者間において利害が共通したり、相反したりすることがあっても、特定された当事者間であるため、相通じ合って真実に反する事実作出の思惑にかられる危険性を秘めている。
(三) 原判決では、「まことに大胆かつ巧妙な犯行」と判示していて、それについて格別批判するものではないが、難しいとされる底地取引の実態中に、そのような犯行を誘発、助成する素因があったものとも思われ、本件における動機、手段の背景事情として御考慮を得たく願うものである。
三 結び
(一) 原審における懲役刑の実刑について、被告人は自分の犯した大罪に対する報いとして謙虚にこれを受け止めている。
昭和四六年頃より初めた不動産取引は、その後二法人に引継がれ、また業態も変ったとしても、それらについての実権は殆どすべてに及んで被告人が掌握し、従って同人が税申告に対する誤った認識を根本的に改め、そしてそれに伴った経理処理が適正に行われるのでない限り、おそかれ早かれ本件のような由々しい事態は起るべくして起ったものとも考えられる。
(二) 右判決について被告人は他の何ものにも替え得ない貴重な教訓として受け止め、今後これを人間としての生き方並びに事業や仕事の上に生かし、また再びこのような大罪を犯さないことを誓っている。
なお本件については、公訴提起当時新聞・テレビに報道・放映されまた原審判決後、某大新聞社によって「脱税には実刑」の見出しによるトップ記事として、名指しで掲載され、脱税犯に対する科刑のきびしいことが報道されるに至り、社会に与えた警鐘として、また同時に社会に対する一般予防的な役割を果していることの意味は極めて大きなものがあるが、一面被告人はこれによってきびしい社会的制裁を受けていることゝもなる。
(三) 幸い被告人は年も若く働き盛りの身であり、そして難しいとされる底地取引については、被告人の右に出る者はいないとされる程に卓越した手腕、能力を持ち、今後における働きが期待されている。
(四) この度被告人がもし実刑によって身柄を抱束されるに至れば、右のような底値取引は中断を余儀なくされるに止まらず、将来再起を期して再開しようとしても、前歴ある者との取引を避けるため、その再開は不可能となることが予想される。
のみならず、現在なお未納分となっている国税等について、今後なお任意に完納し得るかどうか危ぶまれるこゝなる。けだし保全差押物件が公売に付されるとしても、納付額に達しないことが予想されるからである。
(五) 以上により、被告人に対して懲役刑の実刑を科すことは重きに失し、被告人を自由の身として自由な意思と努力の下に、なお多額に及ぶ未納税額を完納させるよう、また特に被告人大鷲には累犯前科歴のないことに鑑み、原判決を破棄した上、なお温情ある執行猶予の判決を賜るようお願いするものである。
(以上)
○ 控訴趣意書
被告人 大鷲清人
右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について先のとおり控訴趣意を提出する。
昭和五九年四月二七日
弁護人 小川喜久夫
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決は、刑の量定が不当であるので、刑訴法三八一条、三九七条によって破棄されるべきものである。
原判決に量刑の不当があると信ずるのは、以下のような事情が存在しているからである。
一 会計事務所の果たした役割について
原判決は、被告人が実刑もやむをえないとした理由として、(1)福神商事及(株)福神の正規の法人税額に対するほ脱の割合、そして被告人個人の正規の所得税額に対するほ脱の割合がそれぞれ高率であること、(2)そのほ脱金額がいずれも巨額であること、(3)脱税の態様が大胆かつ巧妙で、被告人がその中心的役割を果たしていたこと、等の事情の存在を挙げている。
たしかに、右のような事情の存在は、一面では本件の特徴として覆うべくもないのであるが、しかし、他面、本件を特徴づけるようになった原因の一つに、会計事務所の果たした役割があることをどうしても看過しえないのである。被告人は長年にわたって会計事務所の税務指導を受けていたが、その会計事務所によっても脱税を容認され、助長されてきたものであって、このことは、被告人の責任転嫁をはかる意図は毛頭ないにしても、少なくとも本件の情状を考えるうえでは、無視することができないのである。
(一) 最初に、会計事務所の果たすべき役割は、被告人の学歴、経歴、職業等からみて、客観的に極めて重要なものであったということを、まず指摘する必要があると考える。
被告人は、郷里の県立高校夜間部を一年で中退して上京し、はじめは寿司屋に就職し、その後、不動産ブローカーをするようになったものであるが(被告人の58・7・5付、58・7・7付各検面)、被告人の学歴や生い立ちに由来する納税意識の低さと無知という面からも、また一件当たりの取扱金額が大きく、表と裏の契約がなされやすい悪弊が横行する不動産取引という面からも、被告人の納税を指導する会計事務所が果たすべき役割は、極めて大きいものがあった筈であった。ところが、その期待に反し、会計事務所が実際に果たした役割は、以下のように極めて粗末なものであり、被告人にとって逆にマイナスに作用したのであった。
(二) その第一は、被告人の納税を指導した会計事務所は、当初から被告人の脱税を知っていることであった。
被告人は、昭和四八年ころから会計事務所の税務指導を受けるようになり、会計事務所の担当者のすすめめにより、昭和五二年七月には福神商事を、昭和五五年八月には(株)福神を、それぞれ設立したのであったが、(被告人58・7・5検面第三ないし第五項、被告人原審第三回公判供述)、この会計事務所は、少なくとも福神商事設立当初から、その脱税を知っていたのであった。
この会計事務所の担当者の言によると、「ところで私は大鷲さんがこれらの会社の法人税などの申告にあたって大きな脱税をしていることに気づいていた。……しかし大鷲さんはあのとおりの命よりお金が大事だという人なのでいくら申し入れてもだめだった。正常に戻して下さいと何度か頼んだが、いつでも、説明がつくようになっているから心配するな、大丈夫だ、と言ってとりあってくれなかった。それでうちの事務所の中でも、顧問契約を切るべきかどうかで議論したこともあったが、そのまま査察の摘発を受けて今日に至ってしまった。」となっている(馬場輝夫検面第三項)。
しかしながら、被告人の脱税意欲の旺盛さに押しきられたかの如き担当者の右の言は、相当程度割り引いて考えるべきものである。この担当者は、福神商事と(株)福神の監査役に就任していたものであったが(被告人前記検面)、監査役の何たるかは、もちろん十分承知していた筈であった。また、「正常に戻して下さい」と何度か頼んだが、被告人は、いつでも「説明がつくようになってるから心配するな、大丈夫だ。」と言ってとりあってくれなかった、としているが、次に述べるように、帳簿と証憑類との関連づけが全くでたらめであって、どう見ても巧妙とはいえない脱税のやり口であり、そのことを最もよく知っていたのがこの担当者であったもので、一旦査察調査を受ければ、説明など通る筈もないことを充分承知していたと思われるのである。にも拘らず、「説明がつくようになっているから大丈夫だ、心配するな。」として押し切られとしているのは、単に自己の立場を擁護する言としか、受け取れないのである。
ところで、被告人は原審において、「作った会社がすぐの年に欠損金を出していることについて会計事務所の方で何か指摘があったのではありませんか。」との問に対し、「誰かが、一、二年は赤字でも通るものだというのを聞きました。」と述べており(被告人原審第二回公判供述)、この点について原判決は、「被告会社(株)福神については会社設立後一、二年は欠損(赤字)申告をしても税務当局の追及を受けないと聞いたことから初年度の所得が二億円を超えるのに一六五万円余の欠損(赤字)申告をし、本件犯行に至った旨供述するが、右の動機が本件脱税行為を正当化するものとは到底いえないことは多言を要しない。」としている。もとより、そのような動機が脱税を正当化するものとは到底いえないことは、多言を要しないものであるけれども、そのような俗説や風聞を信じる、納税知識の極めて低い被告人に対しては、会計事務所の担当者であり、かつ監査役の立場にある者は、俗説や風聞が正当でないことを解き、充分その監査的、指導的役割を果たすべきものであった。「顧問契約を切るべきかどうかで議論したこともあったが、そのまま査察の摘発を受けて今日に至ってしまった。」というのでは、会計事務所全体が無知な被告人の脱税行為を容認し、助長したといっても、過言ではないとさえ思われるのである。
(三) 次に、本件脱税の態様は、会計事務所がなした税務処理の関係からみると、福神商事と(株)福神の場合には、決して原判決が指摘するような「巧妙な犯行」とはいいえないものであることも、考慮されるべきである。
脱税の方法について、まず担当者の供述をみると、「いつものやり方を述べると、八月に入ってからうちの事務所の事務員四~五名を使って総勘定元帳を作ったり決算を組んだりし、八月二〇日頃に大体の数字が出るので、私から大鷲さんに、仮決算ではこうなっていますよ、というと、大鷲さんは、それしゃ支払手数料の未払をいくらいくら立ててくれ、と言ってくる。その未払金を立てると、仮決算で出た利益が殆んど消えてしまう。だから、利益調整そのものズバリと思っていた。この期末未払の支払手数料の額は何千万円という額になっていたと思う。そもそもこのように期末に末払金で計上して次の期に払うということがおかしい上に、次の期の支払に対応する領収書の日付は適当にバラバラになっているけれども、私が領収書を見せられるのは、その日付の月にバラバラに見せられるのではなく、日付に関係ない時に一括して見せられるのだ。だから既に整理してしまった月の分もある訳で、さかのぼった日付で伝票を作ってその月の伝票に加える訳だ。このような訳だから、支払手数料が架空に違いないと思っていた。」とあり(馬場検面第五項)、次に被告人の供述をみると、「ところで、架空支払手数料を計上するために架空領収書をブローカー連中に書かせていたが、そういった場合、たいていは一括して一度に作ってもらっており、ただ領収書の日付だけは適当に散らしているので、その領収書を私がそのブローカーなどから受け取って馬場さんに渡すと、その領収書の日付は既に整理が済んでいる過去の日付になることがあり、そのような時は、利益が大部分出るのでこれを作ったから、と言って、馬場さんに渡して、前の領収書の綴に入れてもらい、期末の帳面にものせてもらっいた。そして、馬場さんが事務所の方で申告書を作って持ってきてくれたので、その内容の説明を聞いて確認した上で、申告書に私が署名して押印した。年によっては、事務所の方が署名してきたこともあったが、押印は必ず私がした。」とある(被告人58・7・5付検面第九項)。
しかしながら、これでは、会計事務所が整理した帳簿類と、被告人が脱税のため調達はしてきた証憑類とが、決して連動してはいないのである。このような税務処理が専門の会計事務所によって現に行われていたということは、殆んど信じがたいほどのことであり、あまりにも無謀であり、あまりにも拙劣であったというべきで、もしもこれを「大胆な犯行」ということはできたとしても、どうみても「巧妙な犯行」であったとはいえないのである。担当者は、会計事務所の内部で、「顧問契約を切るべきかどうかで議論したこともあった」としているが、そこまで考えていたのなら、このような拙劣な税務処理では決して「説明がつく」ものではないことを解き、被告人の翻意をうながすべきものであった。また、「正直に戻して下さい」と何度か頼んだ、としているけれども、いやしくも会計事務所たる立場にある者が、説明がつかないような拙劣な税務処理をしていたがため、事が発覚するに及んで、そのルーズさをカバーしようとして、正常に戻して下さいと何度か頼んだことかがあった、と述べているようにさえ疑われるのである。
(四) また、会計事務所によって被告人の脱税が容認されてきたがため、本件のほ脱率が高率となり、ほ脱額が巨額となったことも、一面では否定しえないところである。
担当者は、被告人を「気づいていながらこれを改めさせないでそのまま納税申告したことについて、誠に私の責任の重さを痛感している。私自身当時から万一バレた場合の恐しさを考えると眠れない日が続いたこともあった。私はまだ税理士の資格は取っていないが、学科試験に必要な科目については既に合格点を取っている。だから私自身の将来の資格取得にも影響があることなので本当につらい毎日だった。」と述べている(馬場検面第三項)。
しかしながら、脱税の真のおそろしさを誰よりもよく知っていたのは、この担当者であり、会計事務所であった筈である。まして、本件はほ脱率が高率であり、ほ脱額が巨額なのである。担当者と会計事務所は、被告人の経営する会社の健全な発展を思うならば、そして、脱税が発覚したときの破壊的な打撃のことを思うならば、たとえ被告人が何と言おうが、被告人の低い、誤った納税意識の転換をはかるべき職務上の立場にあったものであり、社会的責任があったものである。遺憾ながらその職責の放棄と被告人がなした脱税との間には、いわば切っても切れない関係があったといわざるをえないのである。
(五) 原判決は、「被告人は右のような脱税をしていることが明白であるのに、本件の査察調査を受けた以降においてもなお、告発を受けて逮捕・留置され検察官による取調べを受けるに至るまで脱税の事実を否認し続け、かつ、法人税の更正処分に対しては異義申立てを行い、前記架空の経理処理が真実であるとの主張をしていたものである等の事実を併せ考えると、その犯情はまことに悪質といわざるを得ない。」としている。
しかしながら、被告人が脱税の事実を否認し、更正処分に対する異義申立てを行ったのもまた、被告人は「馬場先生の方からも頑張らなければ駄目だと言われていましたが、後悔しています。」と述べているが(原審第三回公判供述)、査察調査を受けて以後もなお、担当者の言を信じていたのであり、担当者の影響がいかに大きかったかを物語っているのである。
(六) 以上述べたことは、納税義務という、国民の最大の義務を免れたことに対する刑事責任を潔しとしない趣旨では決してないのである。原判決が指摘するように、「被告人は右脱税工作を積極的にすすめ虚偽の証拠を作出する上で中心的役割を果たしており、その納税意識の希薄は顕著であるといわざるを得ない」ことは、まことにその通りであるけれども、問題は、右のことだけで本件ほ脱行為が成立したかというと、決してそうではない点にあるのである。会計事務所が納税申告について大きな役割を果たしていたからこそ、本件ほ脱行為が成立するに至ったものであり、ほ脱率が高率であり、ほ脱額が高額であることのゆえをもって、ただ一途に実刑に値する非難を被告人に帰せしめることは、会計事務所が負っている社会的責務(税理士法三六条等)に照らして考えると、やはり酷に失するのである。
二 その他の情状について
原判決は、種として、前記一の冒頭に掲げた(1)ないし(3)の理由により、被告人にとって有利な情状である、(1)被告人が反省し公判においても控訴事実を認めて争わず刑事裁判の進行に協力したこと、(2)法人税更正処分に対する異義の申立ても全て取り下げ、法人税、所得税の本税分として合計四億六七八六万円余を納付し、残額三〇〇〇万円、重加算税等合計約一億四九〇〇万円、関連の地方税本税については、その支払の目途を立てていること、(3)再犯をしない旨当公判廷でで誓約していること、(4)禁固以上の前科はないこと、(5)その他被告人の家庭の状況等被告人のため有利に斟酌すべき一切の事情を最大限に考慮したこと、を挙げたうえで、なお被告人に対して実刑はやむをえないところであるとしている。
(一) 原判決が挙げている有利な事情のうち、本税分として四億六七八六万円余を納付したことは、現時点において被告人がなしうる最大限の納付をなしているものである。被告人の58・7・7検面によれば、査察を受けた昭和五七年二月当時、現金は八億二九九四万円あったことになっているが、その現金の行方は、右の本税納付分のほかは、自由ケ丘の自宅に三億円(土地一億三千万円、建物一億七千万円、被告人原審第二回公判供述)、本件保釈保証金六〇〇〇万円が支出され、僅かに運転資金捻出のための二〇〇〇万円ほどの割引債があるのみである(被告人原審第三回公判供述)。そして、もちろん自由ケ丘の自宅はできるだけ早期に、有利に処分するなり、担保に入れるなりして、残っている税金の納付にあてる用意をしているものである(被告人原審第三回公判供述)。従って、被告人としては、現段階において現金納付しうるものは殆んどすべてを納付しているものであると同時に、「被告人の個人資産の蓄積等に振り向けた」(原判決)もの一切を洗いざらい整理して、納付する決意を固めているものである。
(二) 福神商事及び(株)福神が所有する不動産のうち、東京国税局によって合計三〇の物件が、都税事務所によって合計一一の物件がそれぞれ担保差押されているものであるが(東京国税局保全差押物件目録及び都税滞納差押物件目録)、これらの物件のうち土地については、いわゆる底地は含まれていないもので、十分な担保価値を有しているものであり、そのほか差押を受けていない福神商事所有の約二〇〇〇坪の底地が存在しており、被告人はこれらの物件を順次処分して納税にあてることを予定しているのである(被告人原審第三回公判供述)。
(三) 本件起訴分に限らず(株)福神の昭和五七年及び昭和五八年の法人税、地方税その他のすべての未納付分の税金を合算すると、その額は約一〇億円に達するが(被告人原審第三回公判供述)、被告人は、これらの税金の完納に向かって今後あらゆる努力を傾注しなければならず、資産の処分はもとより、その有利な運用、新たな底地取引、融資等、その持てる全能力を発揮して、殆んど一人で頑張ってゆかねばならぬ立場にある。巨額の税負担をかかえるに至ったのは、もとより被告人の自業自得ではあるけれども、一日も早く負担を整理し、被告人及びその経営する両会社の再起を切望しているのである。もしも、被告人が刑務所に収容されることになれば、その再起はそれだけ遅れることになり、差押を受けている資産はそのまま凍結されることになり、遅れた分の税金もまた加算されることにもなるのである。
(四) 被告人は、福神商事設立後、底地取引に手を出すようになったが、底地売買は社会的にも有益なものであった。被告人は、広い貸地を所有している地主達が安い地代と比較的高い固定資産税等に苦しみ、土地をもてあまし気味であることに着眼し、他方、安い地代をよいことに底地権を買い取ろうとはしない借地人達も、説得の仕方如何によっては、買い取るであろうことを考えて、底地取引を始めたものであったが、借地人らの頑強な抵抗にも拘らず、成功を重ねていったのであった(杉山茂58・6・15検面第三項、被告人58・7・8検面第二項、被告人原審第二回公判供述)。この底地取引は、土地を手放したいと考えている地主から更地価額の三割程度で借地人に土地を提供するというもので、地主と借地人の双方の要求に合致したものであって、社会的にも有益な仕事であったが、通常は借地人の説得に困難を伴い、一般の不動産業者達は安易に手を出そうとはしない分野であった。被告人は、「その努力と手腕により」(原判決)、着実に底地売買を成功させていったもので、能力のある、いわば一匹狼の不動産ブローカーであったが、ただ一点、納税意識の顕著な希薄が今日の事態を招いたのであった。被告人は原審において今後再犯をしない旨を誓約しているが、善良な納税者としての再起を期しているこの誓約は充分信頼に足るものであって、そのうえでもなお被告人を刑務所に送らなければならないとする理由は、見出しがたいのである。
(五) 従って、被告人に対して実刑はやむをえないとしている原判決は、刑の量定に不当があるのである。
以上
右は謄本である。
昭和五九年四月二七日
弁護人 小川喜久夫